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Vol.2 勝利条件を考える

2025.11.13

基本ルールを作ろう

自作カードゲームを作ろうとするとき、とりあえずカードを作ってみる、という方法もあるとは思います。しかし、私がHexの制作で最初に取り組んだのは、カードではなく「基本ルール」の作成でした。

なぜなら、個々のカードデザインがどれだけ優れていても、その土台となる基本ルールがしっかりしていなければ、ゲーム全体が歪なものになってしまうからです。

そのためにまず行ったのは、徹底的なリサーチです。

目についたTCGのルールを片端から読み込み、対戦動画も見漁りました。様々なゲームに対し、「なぜそのルールを採用しているのか?」という観点で分析すると、次々新しい発見があり、このリサーチを苦に思うことは一切ありませんでした。

その過程で、私はある結論にたどり着きました。

ルール作りは「トレードオフ」のパズル

その結論とは、ルール作りとは、無数の「トレードオフ」を解き続けるパズルである、ということです。

何かを「面白く」しようとルールを追加すれば、必ず「複雑さ」が増したり「プレイ時間」が長くなったりします。逆に、何かを「快適」にしようとルールを削れば、「戦略性」や「適度なストレス」が失われるかもしれません。

例えば、第一回で私は60枚デッキのシャッフルのしづらさを挙げました。デッキ枚数を40枚に減らせば、シャッフルは格段に快適になります。しかし、そのトレードオフとして、「デッキ構築の幅が狭まる」「特定のキーカードを引きやすくなりすぎてゲームが大味になる」といった問題が発生するかもしれません。

つまり、TCGのデザインとは、「Aを取ればBを失う」という無数の二択の連続であり、製作者は「このゲームが最も重視するものは何か」という確固たる指針に基づいて、それらを選択し続けなければならないのです。

このトレードオフを考察する上で、私は一つの対立軸を設けました。 それは、「面白さ(戦略の複雑さ・ゲームの奥深さ)」と「美しさ(ルールの簡潔さ・直感性・道具の不要性)」の天秤です。

言うまでもなく、「面白さ」はTCGの命です。しかし、「面白い」けれど「非常に複雑で分かりにくい」ルールは、新規プレイヤーの参入障壁になります。「面白い」けれど「プレイに必要な道具が多い」ルールは、ゲームの快適さを損ないます。

ここに、私がルールデザインで指針としている法則が1つ生まれました。

法則1――面白いルールは美しいルールに優越する。ただし、面白いが美しくないルールと、やや面白くて美しいルールでは、後者が優越する。

「圧倒的に面白い」なら、多少の「美しくなさ」は許容する。しかし、その差が「僅かな面白さ」であるならば、「美しさ」を優先する。

この指針を胸に、私はHex Codexの根幹ルールの設計に取り掛かりました。

勝利条件を考える

ルール設計にあたり、まず最低限の「TCGらしさ」とは何か。 これを考えてみると、概ね以下の3要素に集約されます:

  1. 一対一の対戦ゲームである
  2. それぞれの山札から手札を引く(デッキとドローがある)
  3. 手札を場に出す(何らかのコストを支払う)

これらを満たすことを大前提とした上で、次に私が設定したのは、ゲームで最も重要な「勝利条件」です。プレイヤーが目指すゴールであり、ゲームの方向性を決定づける根幹です。世のTCGの勝利条件を1つずつ見ていきましょう。

パターンA:ライフポイント方式

マジック:ザ・ギャザリングや遊戯王、ロルカナのように、プレイヤーが「ライフポイント」等の数値を持ち、それを点数計算する方式

  • メリット: デザインの柔軟性が非常に高いことです。ライフを「20」にするか「30」にするか。1点刻みで計算するか、100点刻みにするか。ライフを回復するカード、ライフをコストにするカード、特定の数値で効果が変わるカードなど、数値管理だからこそ可能な、多様なゲームデザインが実現できます。
  • デメリット: ゲーム本体(カード)とは別に、カウンターアプリやメモ用紙とペン等が別途必要になる、という欠点があります。

伝統的な方法ですが、やはりメモ用紙やアプリを使うのはあまり美しくない、と私は考えました。

もちろん、そうした方が圧倒的に面白くなるなら採用すべきです。 しかし、「少ししか」面白くならないなら? あるいは、その「面白さ」が「道具を用意する手間」や「計算のわずらわしさ」という快適さの損失に見合わないとしたら?

ここで法則1が発動します。私は他の勝利条件を検討することにしました。

パターンB:デッキ破壊方式

多くのTCGでサブの勝利条件として採用されている、相手の山札を0枚にする方式です。

  • メリット: 道具は一切不要。ルールも極めて簡潔で「美しい」。
  • デメリット: 今どちらが勝っているか、相手や自分の残りライフは何点(何枚)か分かりにくい。

悪くはないですが、ゲーム体験がやや特殊になってしまうのと、一目見て優勢・劣勢が分からないのは快適ではない、と思います。デジタルだとUIによって山札の枚数が常に分かりますが、アナログではちょっと……。毎ターンのドローによって「ゲームの決着までの時間が確定していること」と「ドロー呪文のプレイなどに戦略が生まれること」はいい点だと思います。

パターンC:カードカウント方式

デュエル・マスターズやワンピースカードゲームのように、「カード」そのもので残りライフをカウントする方法です。山札の隣に「ライフ(シールド)」として数枚のカードを置いておき、ダメージを受けるたびにそれが1枚ずつ処理される、といった感じです。大抵の場合ライフが0枚になった瞬間、そのプレイヤーは敗北します。

  • メリット:
    1. 道具が一切不要: カードだけで完結しており、非常に「美しい」。
    2. 視覚的な分かりやすさ: 自分が今負けているのか勝っているのか、あとどれくらいで勝敗が決するのかが、ライフ(カードの枚数)を見るだけで一目瞭然です。
    3. 直感性: 敗北が近づくにつれて、物理的にシールドやライフが「減っていく」というのが、ダメージを受ける感覚として非常に直感的。
  • デメリット:柔軟性が低い。また、ライフ/シールド/サイドに重要カードが「落ちて」しまうことがある。

結論から言うと、私はこの方式を採用しました。

この方式なら「快適なプレイ体験」という目標にも合致します。何より、ライフポイント方式よりもHex Codexの理想に近いと判断しました。

余談ですが、ポケモンカードゲームでは逆に、「勝利」が近づくほど「サイド(相手を倒した時に取るカード)」が減っていきます。これは「敗北」ではなく「勝利」へのカウントダウンであり、ダメージを受ける感覚としてはやや直感的でないな、と当初は思いました。 しかし、これには「相手のポケモンをきぜつさせる」という勝利に近づく行動に対して「報酬(サイドカードの取得)」を与え、ゲームが硬直しないようにプレーヤーに働きかけるという、開発上の狙いがあるようです。

結び

今回のコラムでは、Hex Codexのルール設計におけるトレードオフの概念と、その具体例としての勝利条件の決定プロセスについてお話ししました。

ルールデザインとは、こうした「Aを取ればBを失う」という無数の選択の連続です。その選択の積み重ねこそが、そのTCGの個性や体験を形作っていきます。

Hex Codexが目指したのは、第一に「面白さ」、そして同じくらい「美しさ(快適さ・直感性)」を追求することでした。可能な限り直感的なルールを構築し、カードの駆け引きそのものに集中できる。そんなゲーム体験の土台として、「カードカウント方式のライフ」は必然の選択だったのです。

次回は、ダメージで処理されたライフはどこへいくのか、という話をしていきます。簡単に見えて意外と根深いこの問題に対し、Hex Codexがどのような道を選んだのか、ぜひご期待ください。

 

Hex Codex製作者 A